アメリカのDavidson College で、日本語や文学を教えていたことがある。
リベラルアーツカレッジでは、全米で10位にランクする、入学も卒業もかなり難しい大学だ。
https://www.usnews.com/best-colleges/davidson-college-2918
私は当時、ノースカロライナ州のシャーロット市に住んでいたが、この大学はそこから車で1時間以上かかる、地理的には不便なところにある。にも関わらず、全米から優秀な学生が集まってくる大学だ。
リベラルアーツカレッジは多くの場合、山の中や、街から遠く離れたところに設置され、通学できないので必然的に全寮制になる。学生たちはキャンパス内にいつもいるので、勉強も生活もいつも一緒。
娯楽もなく、情報もないので、自分たちで工夫してエンターテイメントも創出する。月曜から金曜までは寝る間も無く勉強し、週末は寝る間もなくパーティで騒ぐ。
そんな感じだ。
ここで、何をするのか?
アーツとサイエンスの基礎を徹底的に学ぶ。
なぜか?
それが、生涯、自分の生き方や人生そのものを支えてくれるからである。アーツとサイエンスのエッセンスによって、その人の思考や判断、行動の基本や規範が出来上がる。
単に、人文学、社会・自然科学を学ぶということではない。
人文学、社会・自然科学の「本質と機能」を、様々なディシプリンを通して修得するのである。
なので、認識や概念の言語化や、数理的な把握や分析、批評や理論、わからないことの構造化、仮説を立てる習慣、コミュニケーションの工夫など、人為的に、あるいは科学的に、人間がなしうるありとあらゆる思考や行動を追い求めるのである。
だから、山の中がよい。人里離れたところがいいのだ。そこで学友と一緒に、生活すること自体が学術的な実験であり、個人や社会としての挑戦である。
昨今の日本の高等教育改革は、あまりにもアウトカムや効果、実務やスキルに重きを置きすぎるのではないか。それらはきっと数年単位で古くなり、常に新しい技術を追い求める学びを続けていかなければ、自分のキャリアを維持できないだろう。
アーツとサイエンスの本質と機能は、それ自体が柔軟で多様な考え方や行動方法を提供するので、基本的なことについては、時代の変化に合わせて自動でアップデートするような感じになる。
あまり慌てないで、アーツとサイエンスをしっかり学ぶことが必要だと思うのだが。