2018年度春学期入学式 式辞

 2018年 春学期 入学式 式辞

 

ただいま入学を許可された学群生の皆さん、大学院生の皆さん、桜美林大学への入学おめでとうございます。また、これまで新入生ひとりひとりの努力と準備を支えてこられたご家族の皆様にも、心からお祝いを申し上げます。そして母国を離れて本学に入学された多くの留学生の皆さんにも、その勇気をたたえるとともに、皆さんを心から歓迎したいと思います。

 

皆さんの入学を祝福するにあたって、桜美林の特色や、大学で学ぶことの意義について、ひとこと、お話したいと思います。みなさんもこれまで「なぜ大学に行くのですか?」とか「大学で何を勉強したいのですか?」などと聞かれることがあったと思います。どのように答えましたか?この質問に答える時に、私はよく「自由」ということばを使って説明します。

 

一般的には、自由とは、拘束や制約を受けてない状態を意味します。これを、大学における勉学や研究、学術の世界では、知識や経験が不足していると、その思考や行動に限界が生じると考えます。つまり自由ではないわけです。逆に、幅広い教養や深い知識、豊かな経験を有する人は、知っていること、分かっていることの幅が広いので、より自由に考え行動できるというわけです。つまり、学ぶことが、人間を様々な制限や束縛から開放するという意味の自由です。

 

みなさんも経験したことがあると思いますが、旅先で知らない場所に迷い込むと、どの方向に歩いたらいいか分からなくなり、私たちは立ち止まってしまいます。しかし、地図で確認したり、人に道を聞いたりして情報を得ると、安心して歩き始めることができます。

 

同じことが大学の学修でも言えるのです。普段の生活や人生の局面において何か問題に直面した時に、自分たちの限られた知識や経験の中ではどうしたらいいか分からないことも多く、思考や行動を制限され、判断できなくなることがあります。

 

でも、大学で学ぶ中で、専門的な知識や幅広い教養を身につけ、高い技能や多様な経験が備わっていくと、考え方が柔軟になり、行動も広がり、判断力が向上します。つまり、自由自在な状態に近くなっていくのです。桜美林大学でも、皆さんがいろんなことを広く、深く学べるように、様々な工夫を施してあります。

 

知的自由を高いレベルで実現するためには、世の中のことを広く学べる仕組みが必要です。大学は、世界を縮小した空間や場所であることが理想的です。また、国や文化、民族、価値観が異なる多様な人間が共存し、共生するコミュニティーになっていることも重要です。

 

現在の桜美林大学には約1万人の学生が在籍しています。約千人の先生が授業を行なっています。毎年700人前後の留学生を受け入れ、同じく700人前後の日本人学生が、海外の大学に留学します。外国語で行う講義も150科目以上あります。知識を深め、経験を積み、技能を高め、柔軟に思考し、積極的に行動できる恵まれた環境を、皆さんは今日、ここで、手に入れたのです。

 

桜美林は学園として、2021年に創立百周年を迎えようとしています。私も桜美林大学の卒業生です。今はこうして大学に勤めていますが、このおおらかで、外に開かれた自由な雰囲気、国際的な校風は、創立以来ずっと変わっていません。

学園の創立者は清水安三先生です。清水先生は同志社大学を卒業し、1917年にキリスト教の宣教師として中国に渡ります。ちょうどその頃、中国の北方(ほっぽう)地方で飢饉(ききん)が起こり、作物を収穫できずに、農民たちは飢え死にするより他なかったそうです。そこで清水先生は、現地の人々の協力を得ながら、この災害によって行き場のなくなった子供達を収容する施設を作り、約800名の児童を救済しました。

 

清水先生はこの時の経験をもとに、中国の貧しい子女達をなんとか助けるためには、手に技術をつけさせながら学問をさせることが必要だと考えました。つまり、生きるための技術と思考するための知識を修得させることによって、貧困や災害という、行き場のない環境の制約から解放し、この子女たちを自由にしてあげたいと思ったわけです。

 

清水先生のこの献身的な活動は、その後、桜美林学園の前身である「崇貞学園」という学校として実を結び、1921年5月28日に、北京の朝陽門の外に設立されました。この崇貞学園は大きな発展をとげ、かなり大きなキャンパスになっていましたが、日本が戦争に負けたことにより、中国政府の管理下に置かれ、やむなく清水先生はすべてを手放し日本に帰国することになりました。1946年3月19日のことです。

 

しかし先生はあきらめず、日本に帰ってからほんの5日後の3月24日には現在の町田キャンパスがある場所で、崇貞学園の精神を引き継ぐ新しい学校を復活させたいと考えました。そして、5月29日には214名の生徒を迎え、学校を再開させるという偉業を成し遂げました。これが現在の桜美林学園の始まりです。

 

清水先生は桜美林学園を立ち上げるにあたり、崇貞学園からの伝統を引継ぎつつも、更なる価値を創造しました。それは、留学経験から得られた知見に基づきます。先生は、アメリカのオハイオ州にあるオベリン大学で博士の学位を取得されています。オベリン大学はアメリカ国内でもトップクラスに入るリベラルアーツ・カレッジです。この大学の名称は、フランスの牧師であり教育者でもあるジャン・フレデリック・オベリンに由来します。

 

 

この人こそ、世界的に有名な思想であるLearning and Labor、つまり、学んだことを他者や社会のために尽くすという考え方を提唱、実践した人です。まさしくこれは、清水先生が同志社大学を卒業してからキリスト教の宣教師として中国で実践していたことでもありました。

 

そして、現在の町田キャンパスのあたりが、染井吉野や八重桜に囲まれていたこともあって、桜の美しい林と書いて、オベリンと読ませる名前をつけました。戦争による焼け野原を前にして、敗戦後の日本の復興を神様に誓い、ジャン・フレデリック・オベリンの教育思想をも反映させた新たな学び舎である桜美林を設立したのです。

 

学園創設当初から、桜美林が現在まで伝統として受け継ぎ、信じている真理があります。それは、学而事人、学びしこうして人に仕える、学んだことを他者や社会のために活かすことであります。

 

私は今日、最初に、大学で学ぶ意義として、知識を増やし、技能を高め、経験を積むことによって、知らないことや、分からないことに起因する制限や束縛、不安や苦悩から解放され、より自由に思考し、より自由に行動できることを説きました。

 

しかし、それだけで皆さんに真の人生の幸せや生きがいが訪れ、また、社会の発展や世界の平和を実現できるとは思っていません。そして、これから私がお話することこそが、皆さんが桜美林大学に入学して本当に良かったと思えることにつながると信じていることです。それが学而事人の精神です。

 

現代は、ややもすると個人の利己的な欲望の実現だけに焦点をあてた価値観が強められているように感じます。自分の利益だけを追い求める言動です。利己的な成功は、それなりに自分の満足度を高め、他人から羨ましがられる存在になるかもわかりません。そして、それを幸せだと感じることも一時的にはあるでしょう。

 

しかしそうなったからといって、真に心を開(ひら)ける友人が増えるとか、多くの人から感謝されるとか、心の安らぎが与えられるというわけではなく、むしろ、その逆の状況に陥ることになります。利己的になるということは、他人との競争意識が必要以上に高められ、嫉妬心や虚栄心が発生し、そして場合によっては人を信じられなくなり、コミュニケーションもギクシャクし、結局は、孤独な状態になってしまうこともあります。

 

一方、利他的、つまり、他人や社会のために尽くすという考え方は、最初は疑問を持つかもしれません。なぜ、自分のためにではなく、他人のためなのかと。しかし、人に尽くせば尽くすほど、それ以上のものが返ってくることも、実は、真理です。誰かを助け、誰かを支え、また、社会の発展のために尽くすほど、経済的な価値だけではなく、人々からの感謝や、自然な人とのつながりという無形の価値も自分に戻ってきます。

 

学而事人の精神に則って、利他的に思考し行動すれば、結局は自然に、自分のところに様々な価値が集まってきます。そして、みんながそのような考え方で生活し、生きていけば、人を支え、人に支えられる豊かな社会が実現できるということです。学んだことを人のため、社会のために還元することが、自分の幸せや生きがい、平和な社会の実現につながるのだという教えです。

 

 

桜美林大学は、キリスト教主義の学校ですので、「キリスト教主義教育による国際的な人物の育成」という建学の理念に基づいた教育研究を行っています。聖書には、「人にしてもらいたいと思うことはなんでも、あなたがたも人にしなさい」という聖句があり、これは、キリスト教世界の黄金律、ゴールデンルールとして大切にされてきました。他者の立場にたって物事を考え、本当に必要なことを行いなさいという倫理性の高い教えです。

 

これを国際的、グローバルに行うためには、寛容な気持ちと柔軟な態度が必要で、時には継続的な忍耐も必要でしょう。しかしそれも、学而事人がもたらす真理を信じていれば、実現できることなのです。

 

大学は、現存の社会の価値観に迎合できる人間だけを育てる場所ではありません。むしろ、現存の国際社会、グローバルコミュニティが抱える様々な問題や課題を、イノベーション的な思考や革新的な行動で、新たな価値を創造し、新しい世界を創っていける人間を輩出する場所でもあります。

 

 

いつの時代でも、どのような社会でも、創造や変革を行おうとすると、現状に安住している人々から必ず批判や非難を受けるものですが、たとえ誤解を受けたとしても、もし自分が懸命に学び、真理に基づき、新しい社会の創造のために貢献するという強い意志があるのであれば、その真理を信じて前に進み、努力を重ね、あきらめないで実践することが大事なのです。

 

清水先生は、身をもってこの教えを全うし、知的な自由の獲得のみならず、学而事人を実践することで、充実した人生、豊かな社会ができあがることを証明したのです。そしてそれは、この伝統的な教えを継続して実践しながら、もうすぐ100周年を迎える桜美林の教育が祝福されていることの証明でもあるのです。そんな大学に皆さんは入学したのだと理解してください。

 

私は今、新入生の皆さんの一人一人の可能性を信じています。みなさんが桜美林に入学してくれたことを、本当に嬉しく思っています。できれば一人一人と握手して、激励したい。そしてきっと、これから長い時間をかけて、皆さんが自分自身の知的自由と学而事人を高いレベルで実践し、その道を歩んで行くことを楽しみにしています。

桜美林に入学すると、オベリンナーと呼ばれます。すでに10万人を超えるオベリンナーが世界各地で活躍していますが、皆さんもこれからオベリンナーとして世界をいろんな形で豊かに変えていくと信じています。

 

入学おめでとう。これからオベリンナーとして共に頑張りましょう。

これで、学長としての歓迎と祝福のメッセージを終わります。

ありがとうございました。

© HIROAKI H. HATAYAMA 2018