フィラデルフィアで用事があって、
We hold these truths to be self-evident: that all men are created equal; that they are endowed by their Creator with certain unalienable rights; that among these are life, liberty, and the pursuit of happiness.
と書いてある Declaration House の横を、歩いて通りました。
いわゆる独立宣言の一節。
"幸せは与えられるものではなく、追い求めるもの(Pursuit)
自分で自分の人生を切り開き、豊かにしていく自由が与えられている
それが権利。。。"
などと、本質的な意味をつかもうとするものの、
上記の Equal, Creator, Life, Liberty, Happiness などを、平等や神、生命、自由、幸福というような語に訳してしまうと、それらの語が使われてきた日本語の文脈の意味の世界の中でしか理解されず、結局、誤解されるだろう。
Liberty も Equal も、集団の中で生きる人間としての社会的な意味を追求すればするほど、それらを与えられている一人一人が自分を律し、言動に責任を持つことが要求されるので、実は、かなり厳しい。
誰のせいにもできないのである。
でも、一方で、何回でも個人がやり直せるチャンスが与えられるので、これについては、アメリカは建国以来ずっと寛容である。
そのあたりが理解できれば、LIBERTYやEQUALについても、その本来の意味に近づける。