桜の開花とともに、2024年度を迎えました。昨年度も1年間、私たち草の根国際理解教育支援プロジェクトは、学内外のさまざまな現場において充実した活動を実施することができました。そこで、2023年度の教育活動の実践をふりかえり、その成果や課題をご報告いたします。
総括
2020年から流行が始まった新型コロナ感染症が大きな節目を迎えました。2023年5月、WHOがパンデミックの宣言終了を発表し、その後、日本でも5類感染症へと切り替えらえれました。このことは2023年世界的なインパクトを与えた出来事のひとつであると言えるのではないでしょうか。
これにより、地球規模での人々の往来が戻り、国内外のあちらこちらで活気がよみがえってきました。 社会のさまざまな現場で長らく休止されていた催しや活動が再開されました。私たち草の根国際理解教育支援プロジェクトも対面によるアウトリーチ教育活動を本格的に再始動しました。このことは、今年度をふりかえったとき、本プロジェクトにとって最も大きなことです。
本格再始動、対面のアウトリーチ教育活動
この3年余りの間、未曾有のパンデミックによる先行き不透明の状況下において、たくさんの制限・制約を強いられながらも、私たちはその時々のベストを模索する日々でした。あらゆる現場において、私たちは数々の「未知」との遭遇により、意図せずも自分たちの「当たり前」に気づき、問い直す機会を得ました。「当たり前」を批判的にふりかえることで、その考え方・行為の理由や意味を改め考えることなりました。それは同時に、自らを見つめ直し、ふりかえる機会でもありました。
そのうえで、新しい形態・方法による教育活動を研究・開発し、試行錯誤しながら実施を重ね、さまざまなテーマ・内容のオンライン・ワークショップを本プロジェクトのアウトリーチ教育のプログラムへと育ててきました。幸いなことに、コロナ禍の3年間、オンラインのかたちでも以前のようにご依頼をくださる現場もありましたし、以前は地理的・時間的な制約によりお引き受けできなかった現場に対してもワークショップを実施することができました。そして、オンラインは対面と同様に、今年度も実施形態・方法の選択肢のひとつとして公開し、そのときどきの都合に応じて活用を続けました。
このような数年間を経て、あらためて感じたことは、やはり「対面はいいな」ということです。そこで、そう再認識した理論的背景と、草の根プロジェクトの教育的な意義、さまざまな現場・学習者に対してできる支援・貢献の可能性という視点から掘り下げて考えてみたいと思います。
「対面はいいな」なぜなのか
地球上の人々の暮らしを理解する多種多様な実物資料(モノ)、それらと老若男女あらゆる学習者とをつなぐ人材(ヒト)、それらを支える草の根プロジェクトならではの知(チエ・ワザ)。これらは草の根プロジェクトが有する教育リソースです。私たちの学びづくりの目標とは、これらのリソースをの特長をでき得るかぎり最大限に活かし、学習者の心に働きかけるような体験と気づきを届けることです。
私たち草の根プロジェクトは、認知プロセスそのものを学びをとらえ、学習者の心に刺激を与える学習者主体の学びづくりに取り組んでいます。想像してみてください。「自分の目の前に、未知の、異文化の『ホンモノ(物・者)』がやってきている」そう考えるだけで、心がうきうきわくわく高揚しませんか。得体の知れないものに、そわそわぞくぞくしませんか。
人間は未知・異文化と遭遇したとき、緊張や興奮、感激や感動などさまざまな感覚・感情を得ます。非日常の心の動きのなかで、「これが、あの、〇〇か!」「大きいな」「きれい」「奇妙だな」などの率直な感想を抱きます。さらに、「なんだろう」「なぜだろう」「もっと・・・したい」といった知的欲求が生じてきます。 このように、対象の物事・人に対して生じる感覚・感情(知覚)から思考(認知)へと進み、その積み重ねにより知が育まれていきます。
それでは、人間の認知発達にもうすこし目をむけ、知覚の出発点である「感覚」について考えてみます。私たち人間は、自分の外界のあらゆる情報を感覚器を通して知覚・認知します。多様な感覚様相(感覚モダリティ)がありますが、そのなかに五感があります。そのなかでも、皮膚感覚=触覚はほかの4つの感覚とはすこし異なります。
まず、能動的な感覚であるという点です。皮膚感覚=触覚は 「触る」という行為の主体(自分自身)の意思があって初めて感覚として機能します。触れるそして、皮膚感覚は全身であり、とても多様で豊か感覚です。何かに触れたとき、温度感や質感(硬さや材質など)を知覚します。手の上に乗せたり持ったりしたとき、重量感(物が自分に与えるエネルギー)を知覚します。同時に、その物体に対する自分の力も感じています。
このような皮膚感覚=触覚を通じた知覚・認知活動の点からみると、圧倒的に対面のワークショップが勝ります。なぜ対面がよいのか、その理由がみなさんとも共有できるのではないかと思います。しかし、「オンラインはよくない」というわけではありません。別の感覚による知覚・認知活動の点からみると、オンラインワークショップの効果も理解することができます。それは視覚です。
オンラインの場合、視覚に与える影響は非常に大きいです。通常の対面の活動では、視覚による知覚・認知のプロセスは、個々の学習者自身に委ねられています。そのため、じっくり丁寧に働きかけても、それぞれの学習者が何をどのように見ているか、その知覚・認知については知り得ません。
その点、オンライン・ワークショップにおいては、より注目を促したいところを私たちが十分にクローズアップします。学習者から「もっとゆっくり」「もっと近くで」といった要望があれば、それに対応することもできます。学習者に応じた提示のしかたができますし、すべての学習者が公平に視覚情報へアクセスすることもできます。このような点でそのよさを実感する感想や評価を現場の方々からもいただいてきました。この教育的効果について、今年度対面の活動を本格的に再開し、あらためて認識しました。
成果
教育現場の学びの輪 -人的ネットワークによる広がり
学校教育現場の授業を訪問して行う対面型のワークショップを休止し、オンラインによるワークショップを開発・実践していました。この間をふりかえると、初等・中等教育(小中高校)や社会教育の現場(児童館・公民館・図書館、博物館・美術館などの施設、自治体・市民による地域イベントなど)では、ICTの環境整備が大学ほか高等教育機関にくらべて時間を要したように感じます。そのため、それ以前に続いていた授業依頼がこの数年間で途切れてしまった現場もありました。
しかし、その一方で、例年のようにお問合せ・ご相談をくださり、オンライン型でやってみようと切り替えてくださる現場もありました。 そのような現場に見られた共通点は、双方の窓口・つなぎ手のような方々の存在です。その一番の例が、町田市の小中学校の「学校支援ボランティアコーディネーター」さん(以下、学校VC) です。授業(正課)としてワークショップを実施する町田市の小学校では、問合せ・依頼から、事前打合せや担当教員との諸調整、当日までの連絡のやりとりまでを、各校VCさんが担ってくださっています。また、ワークショップ当日もVCさんが率先して活動の中でサポートしてくださいます。 学校全体として信頼しているVCさんがつないでくれたこと、草の根プロジェクトに対しても安心と信頼をもって依頼しようと、担当の先生方はおもえるのではないでしょうか。 日頃から学校生活の様々な場面で各学級・学年の学習サポートされているからこそ、担任の先生方も抵抗なく、ひとつのチームとしてスムーズに活動できるのではないでしょうか。
学校VCとのつながりは、紙媒体での情報発信の継続の成果でもあるかと思います。 草の根プロジェクトでは活動開始以来25年以上にわたり、町田・相模原市立の全小中学校および市教育委員会へ、活動紹介や利用案内をお伝えするニュースレターを毎年欠かさずお届けしてきました。コロナ禍を経て電子化がさらに加速されていますが、このニュースレターについては紙媒体での発行を続けています。なぜかというと、草の根プロジェクトの力を必要としてくださる現場のひとつにある教育現場のためです。特に、学校教育の現場は情報収集の方法が紙媒体によるところが大きいからです。
そのほかこれまでに連携・協力した学校や社会教育関係の現場の皆様へ郵送を続けています。その際、「窓口」であり「調整(コーディネート)役」となってくださっている方のお名前を書き添えてお送りしています。 お互いの顔が見える「一緒に学びづくりをしている」仲間のような関係性が構築されているのではないかと思います。このような信頼関係が新しい学びの機会を生み出します。
顔が見える協働の関係から生まれる新しい学び
お互いの顔が見える協働の関係ということで特筆すべきは、本学卒業生の現場とのコラボレーションです。コロナ禍となってすぐ2020年度より、川崎市立藤崎小学校わくわくプラザ(*)とは、オンラインでの教育活動を共に模索してきました。その卒業生自身も未知の経験であり、オンライン環境としては決して十分とはいえないなかで、対話を重ね、楽しみながら共にチャレンジしてくれました。
小学校の学期末時期にあわせて計3回オンラインワークショップを開催しました。現場のスクリーンの向こう側にいる子どもは、少なくても20、30名。多いときには70名を超える子どもたちが私たちのワークショップへ参加します。毎回私たちがポスターやチラシを作成し、それを卒業生が現場で掲示・配布すると、「あ!またあのワークショップだ!」と私たちのことをすぐに思い浮かべてくれるほど。「次は何するんだろう?!」「絶対その日は参加する!!」「あと何回寝たらワークショップの日?」などと、子どもたちは心待ちにしてくれているそうです。また、保護者からもすっかり認知されて親子の話題にあがり、積極的に参加申込や問合せをしてくださるといいます。
一方で、この協働について組織内で報告やプレゼンなど、精力的に活動について発信・共有するようになっています。「自分の現場だけでなく、よその現場の子どもたちにも同じ体験を届けたい」と強く考えているからだそうです。組織全体で物事をとらえ、貢献することへの意識が高まってきた卒業生にとって、私たちとの協働が職業人としての学び・成長の一助にもなっているのではないでしょうか。
*公益財団法人 かわさき市民活動センターが管理・運営する川崎市の小学生のための放課後子ども教室。放課後、土曜や長期休暇の遊びやスポーツ、行事などさまざまな活動をとおして、児童の異年齢交流・仲間づくりを促進する社会教育の施設。
継続的なクライアントとの活動の発展 -さまざまな社会教育の現場
社会教育とは、家庭や学校ではない、市民に開かれた学びの場です。児童館、公民館、図書館、博物館・美術館のような施設そのものが学ぶ場であり、そこで企画・実施される講座やイベントなども学ぶ機会です。また、各自治体で取り組まれる活動や催しも社会教育の現場です。こうした社会教育のさまざまな現場に対して、草の根プロジェクトはかねてより協力・連携し、学びづくりを後押ししています。近年、社会教育の現場に対するアウトリーチ教育活動は、草の根プロジェクトの主たる実践現場となりつつあります。 そこで、各地の社会教育施設・組織の事業に全面的に協力しているもので、今年の実践を簡単に紹介します。
武蔵野市立武蔵野プレイス「世界を知る会ジュニア」(2003年度より20年間で計51回)同市在住の小学1~3年児童とその保護者を対象とした国際/異文化理解教育のワークショップを年2回対面で実施しています。今年度は全面対面で、留学生・エデュケーターと共に、異文化/自分化理解 クイズ型アクティビティをしたり、インド発祥のすごろく遊びを留学生が紹介して日英中韓4言語で楽しんだりしました。モノとヒトの両方を活用し、異文化コミュニケーションの学びがつまったワークショップを企画・実施しました。
青梅市教育委員会主催「国際理解講座」(2015年度より9年間で計30回) 同市在住の小学4年~高校1年児童生徒を対象とした枠ショップを年4回実施しています。通年講座の開講まもないクラスを任され、初対面の子どもたちのアイスブレイクが期待されています。1年間共に学ぶ仲間となるため、対話と協働の導入的学習も大切なねらいです。
公益財団法人かわさき市民活動センター運営:川崎市立藤崎小学校わくわくプラザ (2020年度より4年間で計10回)同小学校在籍の登録児童のための放課後子ども教室で、年3回オンラインでワークショップを実施しています。遊びを通して、多様性への気づきとコミュニケーション活動が国際/異文化理解教育的な意図としてあります。加えて、異年齢・学年交流をより促進すること、その後の教室や家庭など日常でも体験した遊びを発展的に楽しむことまで考え、企画・実施しています。ボードゲームがシリーズ化し、毎回案内ポスターを見ただけで「あのイベントだ!」と認知されるほど大人気です。いつも画面の向こうには何十名もの子どもたちが賑やかに楽しんでいます。
神奈川県綾瀬市こども未来課「あやせフレンドシップキッズ」(2021年度より3年間で計15回)同市在住の小学4~6年児童で構成される有志の子どもたちを対象に、年4回対面で研修を実施しています。同市が米軍厚木基地と取り組む双方の小学生の交流にむけて、人や文化の多様性とコミュニケーションについて学習すす異文化コミュニケーションのワークショップです。交流・体験活動前の事前学習3日間、全活動終了じの総ふりかえりの学習を担当しています。今年度は募集時期に体験ワークショップも企画・実施し、そのなかで昨年度のキッズメンバーによる活動報告も組み込みました。継続参加する子どもたちの学び育ちを後押することで、彼らをロールモデルに新しい子どもたちもチャレンジしてく様子が見られました。次年度は発展的にプロジェクトを拡大し、その
来年度にむけて -今後の課題・目標
まず、大変基本的なことではありますが、アウトリーチ教育を実施する現場とのコミュニケーションです。特に、プログラム実施本番に直接その現場に関わる方々が異なる場合、(例えば、学校教育現場でいうなら、対象となる児童・生徒の学級担任やその学年の先生方)との「対話と協働」が課題であると考えています。
私たちは全学級担任の先生に参加していただき事前打合せをしています。ただ、今年度に限らずでのことですが、私たちの教育活動の実施がかえって負担に感じる方、期待とは違ったと思われる方もいるようです。 双方のイメージや考えていることにズレがあると、草の根プロジェクトだからこその学びづくりの実現や、そこから生み出される教育的効果など、最大限に得られなくなってしまいます。参加されるみなさんとのなかで理解が共有され、十分な合意形成がなされたうえで、「草の根プロジェクトに頼んで一緒に学びづくりをしよう」と考えていただけるよう、私たちはより丁寧に、より詳細に具体的に、活動の内容やねらいの説明、お願い事項をお伝えするよう努めていきたいと考えています。
また、前述のとおり、近年、草の根プロジェクトの主たる実践現場となりつつある社会教育の各現場との実践の継続と実践の質的向上を目指します。
およそ20年続く現場から、この数年で取り組みを始めた現場まであります。各現場の対象は学齢児童生徒(小学校1学年~中学・高校生)です。こどもの参加申込、クラス参観や親子参加(親子講座の場合)、クラスへの送迎など、保護者の関わりや理解・協力が不可欠です。また、終了後には家庭での親子の話題や関心事へと続いていきます。そうしたことから、社会教育における子どもたちの教育活動は、家庭教育と密接につながっています。社会教育は生涯学習を支える役割を担う現場です。「誰でも、いつでも、どこでも、どんなことでも、どんな方法でも」あらゆることが人間の学びです。 子どもたちの学び、保護者・家族の学び、現場となる自治体・組織の方々の学びとなり、それがその地域全体の力となっていきます。そうした生涯学習の本質的な意義にもとづき、各現場にあった学びづくりに今後も引き続き取り組んでいきたいと考えています。