おうちでめぐろう!世界遺産

世界遺産の抱える課題

観光開発による危機

世界遺産と観光は切り離すことができません。世界遺産の多くは有名な観光地であり、また世界遺産になったことで注目され、多くの観光客が訪れるようになった場所もあります。

世界遺産を実際に訪れて周辺地域の文化や自然に触れることで、地球が多くの豊かな文化や民族、自然環境によって形づくられていること、異文化を理解し、尊重することの大切さなどを知ることができます。これはユネスコ憲章の理念に沿うものです。また、観光収入を保護・保全のための費用にあてている遺産もあります。

しかし、その反面、観光客が増えすぎることによる問題もあります。
世界遺産の抱える危機について、中国南西部・雲南省にある麗江(れいこう)という世界遺産を例に考えてみたいと思います。麗江は、12世紀の宋代末にナシ族によって建設された古都で、その旧市街が1997年、「麗江古城」として文化遺産に登録されました。

登録前の1995年に約70万人だった年間観光客数は、登録後の2000年には実に約260万人と劇的に増加し、観光産業に対して大きな経済的効果をもたらしました。

しかしその一方で、世界遺産に登録されたことによって麗江の旧市街は急激な変貌を遂げました。当地域の少数民族であるナシ族の人口減少や、旧市街の歴史的な建造物群が消失するといった問題が表面化してきたのです。

先住民たちは、より現代的で便利な住宅や、観光客の少ない静かな環境を求め、新市街へ転出していき、著しく減少していきます。そして、伝統的な家屋は、旅館や土産物屋、レストラン、バー、ディスコ、ライブハウスなどに姿を変えました。

さらに、レストランの厨房からは生ごみが水路に投げ込まれ、土産物屋では掃除に使用したモップをその水路で洗うなど、環境も悪化します。 観光客たちは水路にタバコを投げ入れ、さらに観光記念にコイや金魚を放流する等の行為が流行し、そのまま放流された魚が生息するようになったといいます。登録時に評価された「水路」そのものは残されていますが、登録時に評価されたものとは別物になってしまったそうです。

つまり、麗江の旧市街は、世界遺産に登録されることによって、先住民がいなくなり、伝統的な家屋・水路が原型をとどめなくなってしまったのです。

歴史的な景観が評価されて世界遺産に登録されたにもかかわらず、登録されたことによって、皮肉にもその歴史的な景観が失われつつあるということができるでしょう。

外来種の侵入

このようなことは、自然遺産でより深刻な問題を引き起こします。特に問題とされているのが、固有種を脅かす外来種の侵入です。

観光開発が進むと、観光客とともに、さまざまな物資の輸送量も増大します。観光客が意図的に外来種を持ち込んでしまう場合もありますし、流通する物資に付着して外来種が侵入してくるような場合もありますが、いずれにしても、ヒト・モノの輸送量が増えると、結果的に外来種侵入のリスクを高めることになるのです。

たとえば、2011年に世界遺産に登録された小笠原諸島は、これまで大陸と陸続きになったことがないために、生息する動植物は独自の進化を遂げ、多くの固有種が生育しています。なかでも在来の陸産貝類(カタツムリ)は100種を超え、その95%が固有種という貴重な生態系を保っていました。

ところが、2011年に自然遺産として登録されると、それまで年間20,000人程度で推移していた観光客数は、2012年には40,000人近くに達します。それにともなって、外来種の移入も増えてきました。外来種であるプラナリアは生育域を広げ、父島ではオガサワラオカモノアラガイが絶滅、カタマイマイは一部を除き消えました。

資源の過剰利用(オーバーユース)

1993年に世界遺産となった屋久島では、増加した観光客が特定ルートの登山に集中して、自然環境劣化が引き起こされました。多くの観光客が行き交う登山道では、踏圧による自然植生の破壊、ゴミの増加などが目立つようになります。また、山中で用を足す人があとを絶たず、森の中にはトイレットペーパーが散乱する結果となりました。山小屋周辺の沢では、トイレから漏れたと見られる大腸菌も検出され、一部地域では生態系の破壊も見られるようになったそうです。

これらは、もちろんすべてが世界遺産登録による影響ではありませんが、世界遺産になったことで観光客が増え、資源の過剰な利用(オーバーユース)によってもたらされたという側面は否定できません。

その他、世界遺産を取り巻くさまざまな危機

世界遺産の危機は、このようなオーバーユースだけにとどまりません。自然遺産の場合は、自然災害や地球温暖化、環境汚染の影響が考えられますし、文化遺産の場合は、観光開発のほか、地域紛争や都市開発も世界遺産に対して危機をもたらします。

ここでは、地球温暖化が原因で危機に瀕している世界遺産について取り上げましょう。オーストラリアのグレート・バリア・リーフです。
1981年に登録されたグレート・バリア・リーフは、オーストラリアの北東、クイーンズランド週の東岸に全長約2,000kmにわたって連なる世界最大の珊瑚礁群です。また、このサンゴ礁は、周辺の生態系にとっても重要な役割を果たし、絶滅危惧種であるアカウミガメの産卵場所や、マンタ、サメなど大型生物の生息地ともなっています。

ところが近年、白化現象によりサンゴが減少し、過去30年の間にサンゴの半分以上が死滅しました。また、サンゴの恩恵を受けている多くの生命が危機にさらされています。地球温暖化など気候変動よる水温の上昇、公害による環境汚染などが原因と考えられています。

環境汚染、地球温暖化、紛争、地域開発など、数多くの危機が世界遺産を取り巻いています。「人類共有の財産」である世界遺産を後世に残すために、私たちがすべきことは何なのか、真剣に考えていく必要があります。(三嶽・高橋)