ここまで御朱印集めについての基礎知識について解説してきましたが、ここから先は現在の御朱印についてさらに深く掘り下げていきます。

この章では、なぜ御朱印ブームが起こったのか、御朱印を集めることにどのような魅力があるのかなど、御朱印ブームの裏側を覗きつつ、これから御朱印や寺社はどうなっていくのかを考察していきます。

今一度、御朱印ブームと日本文化の関係について考えていきましょう。(佐藤史香)

御朱印ブーム

御朱印について調べようとすると、御朱印巡りを組み込んだイベントやツアーを紹介する旅行会社のHP、期間限定の御朱印情報を集めたブログなどが出てきます。鉄道会社が行ったイベントポスターなどは、みなさんも目にしたことがあるのではないでしょうか。各地のイベントは新聞記事に取り上げられることもしばしば。インスタグラムでは「#御朱印」のタグが付いた投稿は340万件を超えます。御朱印は今、ひっぱりだこなのです。

このような現在の御朱印ブームはいつごろ始まったのでしょうか。2014年にテレビの情報番組で「御朱印ガール」が特集されて火がついた、あるいは2013年に伊勢神宮の式年遷宮と出雲大社の平成の大遷宮が重なって神社参拝が注目を集めた、など諸説ありますが、おそらく2000年代以降のパワースポットブームを背景に、複合的な要因によって社会現象化したものと思われます。(桐山 景)

鉄道開業150年記念「中央線御朱印めぐり」(JR東日本)

なぜ御朱印を集めるのか

もともと御朱印は宗教的な理由から始まりました。しかし現代の御朱印集めは、それだけではないさまざまな楽しみ方が付加されています。では、どのような楽しみ方があり、それが御朱印を集めるという行為につながっているのでしょうか。

まず挙げられるのが、旅の記録という側面です。御朱印帳には日付が記録されていくので、御朱印をたくさん集めればその分、旅の記録として見返す楽しみも大きくなります。

また、御朱印に書かれている内容に注目してみると、お寺の場合は御本尊の名前やお堂の名前が書いてあることがあります。神社の場合にも「社紋」(神紋)という神社固有の紋章が押されます。文字や印の意味や由来を知ることで、参拝した寺社の歴史にも興味が湧くことでしょう。

さらに、いただいた御朱印はそれ自体が美しいものです。じっくり鑑賞したり、さまざまな御朱印を見比べるという楽しみ方もあります。年月が経つと印象が変わることもあるでしょう。一度いただいた社寺の御朱印でも、再び訪れて御朱印をいただいたら書き手が変わっていて、前とは違った雰囲気を味わうこともできるかもしれません。(小川拓海)

注意しなければならないこと

御朱印集めといっても、単に御朱印の数を集めることが目的となってしまってはいけません。あくまでも寺社に参拝することが目的で、その寺社とのご縁を深めていった結果として御朱印が集まってくるというのが本来の姿でしょう。

また、御朱印は手書きなので一つひとつに違いがあります。「この本のとおりに書いてほしい」、「このWEBサイトに載っている御朱印を書いた人を出してほしい」などのお願いは、決してしてはいけません。

御朱印を、単なる記念スタンプやコレクションのように、ただ集めればいいと考えるのではなく、神様や仏様がいる場所へ伺うわけですから、崇敬する気持ちをもつことが重要です。(小川拓海)

さまざまな御朱印

昨今の御朱印のブームに便乗して、それを他の分野に活用しようとしている動きも活発化しています。そのうちのいくつかを紹介します。

一つは、「鉄印」です。鉄印とは、御朱印の鉄道版のことです。2020年に、地方鉄道の沿線地域の振興を目的に始まりました。関東では、野岩鉄道、わたらせ渓谷鉄道、真岡鉄道、鹿島臨海鉄道、いすみ鉄道で鉄印帳の記帳が行われています。これとは別に「御乗印」というキャンペーンを実施している鉄道会社もあります。

もう一つは、「御城印」です。御城印とは、御朱印のお城版のことです。東京23区では、荒川区の石浜城、練馬区の石神井城、北区の滝野川城・飛鳥山城・稲付城で発行されています。

そのほか、戦国武将ゆかりの地で手に入る「武将印」、全国のゲストハウスを支援する「御宿印」、酒蔵巡りをする「御酒印」、温泉を周遊する「御湯印」などもありますが、宗教的な意味合いはないため、むしろスタンプラリーに近いといえるでしょう。(太田大翔)

マナーとトラブル

御朱印巡りが人気を博すようになって顕在化してきたのが、参拝者のマナーの問題です。御朱印のかわいらしいデザインは親しみやすさを生みますが、そのためか御朱印巡りをスタンプラリーのような感覚で、自分自身を「お客様」と思って行ってしまう人々が目立つようになっています。

なかには期間限定の御朱印を求めて寺社が捌けないほどの混雑が発生し、参拝者間のトラブルや職員へ暴言を吐くなどの行為も目立つようになりました。また、配布が中止されたり、御朱印を高値で転売したりする人まで現れています。

社寺はその空間も神聖なものですから、社寺で働いている方々への配慮はもちろん、その場への敬意が必要です。写真を撮る、飲食をするなどの行為は寺社の指示に従い、分からなければ控えましょう。(桐山 景)

これからの御朱印巡り

「ブーム」には良い面、悪い面は付き物で、現在の御朱印ブームにも様々な側面があります。御朱印巡りは、人生に彩りを添える魅力的な存在である一方、御朱印が高額で転売されたり、参拝客のマナーの悪さなどが社会問題にもなっていることも確かです。

しかし、一部の悪意ある参拝者のためにイメージが悪くなったり、観光商品化がエスカレートして魅力が失われてしまったら、それは日本社会全体にとっても大きな損失になることでしょう。

御朱印巡りを一過的なブームとして終わらせないため、そして貴重な日本文化を廃れさせないためにも、私たちの自文化に対する知識、マナーがいかに大切であるかは言うまでもありません。それができるかどうかが、これからの御朱印巡り、寺社巡りを左右すると思います。(佐藤史香)